春のみちのくふたり旅 エピローグ
| 固定リンク | コメント (4) | トラックバック (0)
三沢から県道20号線、国道454号線を通りを八戸方面へ向かいます。
お風呂に入った後やり残しているのは夕食。
国道沿いにある八食センターで夕食をとります。
こちらには何店舗か飲食店が入っているのですがどこに入ったのかは忘れてしまいました。
写真のが1.5人前のにぎりセット。
お吸い物と茶わん蒸しが付いていました。
店に到着したのが8時過ぎ。
閉店が9時ということもあり店内はお客さんが4~5組いる程度です。
そそくさと食事を済ませ後はフェリーに乗船するのみです。
9時過ぎにフェリーターミナルへ到着。
行きとは違い4日の夜便ということもあり乗船客で込み合っています。
乗船客が多いので帰りは同乗者は運転手と別々の乗船となりました。
乗船場には長ーい乗客の列。
乗船手続きに手間取ったためかなり後ろ側。
なかなか乗船できません。
2等和室への乗船客は従業員に誘導され順番に各部屋へ入ります。
今日はかなり混んでいるようで時間が経つにつれて他の部屋も臨時で解放され家族連れの団体客は大急ぎで移動しています。
私はすでに壁側がとられてしまった和室の真ん中あたりになんとか2人分陣取ります。
それども左右、上下人でいっぱいです。
22:00八戸発苫小牧行 べが
すっかり疲れ切ってしまい出発後すぐに就寝。
翌06:30苫小牧到着。
北海道はくもりです。
早朝ということもあり道路はガラガラ。そして広いです。
道路、ほとんど2車線ですから。
あとはサブロクで札幌へ
途中、里塚のすき家で朝食をとり無事帰路へとつくのでした。
本編END。 エピローグへ
| 固定リンク | コメント (4) | トラックバック (0)
国道338号線、朝来た道を戻ります。
さて、今夜はフェリー泊。
最後はやっぱり温泉でしょ。
帰り道の途中と有名どころということで三沢市の古牧温泉で入浴ということに致します。
JR東北本線三沢駅からすぐのところにあり大きな敷地内に四つのホテルが並ぶ。
私が持っている日帰り入浴施設の本によるとこちらには絶景露天風呂と大岩風呂のふたつがあるよう。
私はやっぱり露天風呂の方に入浴したかったのですが、どうやら昨年施設所有者が変わったようで内風呂である大岩風呂のみ日帰り入浴可能ということでそちらの方で入浴。
一大リゾート温泉地よ呼ばれるだけあって広い!
青森の名所をイメージした絵や茶色っぽいタイルの浴場は一昔前の温泉場という雰囲気を醸し出しています。
私の中では昭和後半くらいの温泉地というイメージです。
青森ならではのリンゴを浮かべたリンゴ湯やジャグジー、そしてなんといっても広ーい湯船が自慢の大岩風呂です。
ちなみに泉質は無色無臭の単純温泉。
どうしても硫黄泉や含鉄泉、酸性泉等刺激が強く濁った湯を好んでしまうのですが、肌に刺激が少ない単純泉というのも気張らない感じでよいものです。
1時間半くらいの入浴。
体がさっぱりほかほかになったところで古牧温泉を後にするのでした。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
恐山から尻屋崎へ向かいます。
海が近くなるにつれてプロペラ形風車が増えてきました。
長かった旅もそろそろ終わりに近づいております。
尻屋崎に近付くと何もなかった道中に工場らしきものが見えてきます。
こんな最果てにもあるんですね。
日鉄鉱コンサルタント㈱下北営業所です。
突然の工場群は少々違和感を感じます。
でも、私の地元は鉄鋼のまちなので、この手の景色は懐かしさすら覚えます。
車の中からだったのでその工場はすぐに過ぎ、そろそろ目的地の尻屋崎です。
崎一帯は草原が広がり馬が放牧されています。
馬は後にすることにしてとりあえず目的地へ。
難破岬との異名をもつ尻屋崎。
このあたりは昔から難破船が多く海の難所と呼ばれていたそうです。
白い灯台は東北で初めて建てられたもので明治9年から船の安全を見守り続けています。
歴史的価値から「日本の灯台50選」にも選ばれているそうです。
天気が曇りのせいか少々もの悲しさを感じます。
岬付近の岩礁には母が子をおんぶしているようなお地蔵さまがあり、この寂しげな風景に合っています。
さて、お次はお馬さんを見にいきます。
寒立馬と呼ばれる種類の馬は、寒さに強く粗食にも耐える働き者の馬で昔は農用馬として田畑を耕してきたそうです。
足がずんぐりしていていかにも力持ちという風貌です。
農用馬ってことは、ばんえい競馬に出走している馬の仲間なのかしら。
尻屋崎では、毎年4月から11月の間放牧されているそうです。
春先は馬の出産シーズンということもあり小さな仔馬が母馬に寄り添いのんびりと草を食べています。
基本的には人に慣れているようなので触ることも可能です。
さて、フェリー乗船前にお風呂に入りたいので八戸方面へ南下していきます。
その17へつづく
| 固定リンク | コメント (4) | トラックバック (0)
恐山の中には温泉が3つあります。
ひとつは女湯である古滝の湯、男湯の冷抜の湯、薬師の湯、混浴の花染の湯です。
入浴料は恐山の入山料で入れるので恐山に来た段階で誰でも入浴することができます。
基本的つくりはどれも同じで2つの浴槽があるだけでいたってシンプル。
もちろん私たちも入浴させて頂きました。
写真は薬師の湯。
ちょうど人が入浴していない時に撮影成功。
さて、私は古滝の湯に入浴です。
ちょうど脱衣所が端々にあるのですが、奥の入口から入れたかどうかは未確認。
脱衣中も観光客がどんなもんかと入口を開けるので少々見られないかどうか気をつけつつ入浴です。
私が来た時はちょうど4人程度先客がいました。
ひと組はは20代の女性と母親。もうひと組は子供とお母さん。
前者の方は少々空いた窓を閉めようとしていたが、浴場には窓を閉めっぱなしにしないようにという注意書きを確認し諦めていました。
どうやら硫黄の匂いがきついので換気が悪いと具合が悪くなるとのことのよう。
つくりどこも同じで女湯は手前の湯船が熱めで奥がぬるめでした。
湯はとてもよく体の芯までよく温まります。
趣のある浴場で硫黄の匂いを感じながら入る温泉は本当に贅沢。
入浴後、他の湯とは少し離れたところにある花染めの湯に行きます。
離れているせいか入浴客はゼロ。
お湯は非常に熱く、とてもそのままでは入浴できそうにありません。
このまま入浴したらある意味本当に地獄を堪能できてしまいます。
できることなら入浴したかったですが、こういうところで女の子が一人でも入浴すると男の人が来たときどんどん入ってこられてしまうというのを身をもって経験したことがあるので二度と入りません。
さて、この旅最後となる尻屋崎へ向かいます。
その17へつづく。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
3日の宿泊地は八戸の東横イン。
朝、八戸から国道338号線のなだらかな道を北上し恐山を目指します。
さすがに旅も5日目疲れも出てきて居眠りをしていると急なカーブで目覚めてしまいました。
中山崎のあたり、さっきまでなだらかな道だったのが急に狭く険しい道になります。
いつも思うのですが、北海道の道はほんとうに走りやすく広いと実感します。北海道の国道と名がつく道はどこもきれいですから。
むつ市街を抜け、県道4号線を進みます。(上写真はそれ)
途中展望台らしきところがあったのでちょっと立ち寄ります。
県道から左へ分かれる道には警備員さんが立っていて、説明が書いたチラシをもらいました。
どうやら釜臥山展望台の頂上は雪崩の恐れがあるため通行止。
手前の陸奥湾展望台までは通行できるとのことだったのでそちらまで向かいます。
少々霞んでいて海がよくみえませんが、写真左奥がうみでしょうか。
もう少し天気が良ければきれいに見えるのでしょう。
まあ、十分です。
雪が残っているだけあって少々肌寒い。
生まれも育ちも北海道なので寒さには強い私たちにはどってことない程度ですが。
さて、目的地の恐山へ。
恐山が近づくにつて道の脇にはお地蔵様の姿が目に付きます。
なんだか恐山に来たという感じがしてきます。
日本三大霊場
慈覚大師円仁開基霊場恐山
観光客の方々は多いですが、なんともいえない雰囲気です。
受付で入山料500円を支払い中へ入ります。
総門をくぐると山門が迎えてくれま
す。
写真でみたやつですよ。
なんだかドキドキします。
ほとんどが岩肌むき出しで硫黄の匂いが漂う霊場は独特の雰囲気を醸し出しています。
ごつごつした岩肌に所々にあるお地蔵様や温泉が噴き出しているところを地獄と見立てた泉たち。
不思議と言葉数が少なくなります。
方や湖側はこの世とは思えない不思議な雰囲気がありエメラルドグリーンの湖と白砂の浜が実に美しい。
これだけ近いのにあまりにもギャップがありすぎます。
ちなみに火山ガスがでる岩肌一帯は地獄、エメラルドグリーンの美しい湖側の白砂の浜を極楽となぞらえ長年にわたり 信仰を続けてきたそうです。
確かに天国と地獄。
まさにそんな感じです。
全体的に来ている方々の年齢層は高めで、他の観光地ではみられない風景です。
年配の女性たちは恐山のシンボルともいえる風車を片手に参拝されていました。
やはり時代が変わっても安らかな生と死の願いがある限り
人は祈り続けるのかもしれません。
その16へつづく。
| 固定リンク | コメント (2) | トラックバック (0)
浄土ヶ浜を後にし、お次は岩泉の龍泉洞へ向かいます。
龍泉洞は日本三大鍾乳洞のひとつで洞の長さは確認されているだけで2,500m、未確認であるが5,000mはあるといわれている巨大鍾乳洞です。
受付でちょっとお高めの入館料1,000円支払い見学です。
外は暖かいというのに鍾乳洞の中は10℃程度。
薄手のカーディガンでは肌寒い。洞内は、所々非常に狭くなっていて背の高い私は頭上を気にしながら進んでいきます。
龍泉洞のメインといえばなんといっても水深120m、透明度41.5mの大地底湖!エメラルドグリーンの湖はとても美しい。
鍾乳洞は何万年もの歳月をかけて出来上がる自然の芸術。
実際の美しさを写真に残せなかったのが残念です。
龍泉洞のお次は、新龍泉洞科学館へ。
こちらは鍾乳洞の中に洞内から発見された石器を中心に鍾乳洞に係る資料が展示された自然科学館です。
こちらの方が龍泉洞より若干小さめの鍾乳洞。
鍾乳洞は石灰岩が雨などによって長い歳月をかけて形成されるもの。岩手県はこの石灰岩が多いため、全国有数の鍾乳洞産地だそうです。
やっぱり自然の力は偉大です。
さて、本日の宿泊地は八戸。
八戸に向い国道45号線を北上です。
旅行中ホテルでテレビを見ていると岩手の絶景、北山崎のPR的な番組(10分くらいの)がやっていた。
今回の旅行では回る予定がなかったが、せっかく通り道なので行ってみることにした。
田野畑村から県道44号線に入り海岸線を目指します。
道はくねくねと曲がっていて、険しい山々に松林。
なんだか日本というより中国?(行ったことはないので自分の勝手なイメージの中の)というかんじで仙人が修行していそうです。
そして北山崎へ5時少し前に到着。
さすが5月、日没が遅いというのがありがたいです。
北山崎。私の中で連想するのはお酒。
それはともかく、
本当に絶景!言葉を失います。
若干雲がかかってて快晴ではないけれども、この景色はちょっとうす曇りの方が似合っているような気がします。
きれいな景色。すごーい!!!って感じではない。
ちょっと物悲しさを感じるのがすごく心を揺さぶられます。
その14へつづく。
| 固定リンク | コメント (1) | トラックバック (0)
旅行も4日目に突入。
5月3日。天気も上々。
盛岡を出発し宮古へ向かいます。
国道106号線閉伊街道で区界峠越えです。
険しい峠から見る景色はまさに絶景で息をのみます。
にゃんも運転に疲れてきたもで道の駅やまびこ館で休憩。
道の駅には山菜等の野菜が売られていてGW後半戦に入ったこともあり駐車場は混雑していました。
さて、宮古へ来るのは今回が2回目。
前回は早朝に来たこともあり遊覧船も運航していなかったので今回は乗船してみます。
早速、チケットを購入します。お値段はおひとり1,220円也。
12:50発の遊覧船で40分の船旅です。
GWということもあり船内は沢山の観光客で賑わってました。
船が出発すると船内ではウミネコパンが一個100円くらいで販売されます。
遊覧船のまわりにはウミネコの群が観光客の投げるウミネコパンを狙っています。
観光客たちはパンを購入しウミネコへ投げつけるとたくさんのウミネコたちがこぞって奪います。
ウミネコたちも人に慣れているようで中に人の手からパンを奪う荒物までいます。
にゃんも拾ったパンをあげようとしたところ、手をつつかれてました。
アイタタタ、、、、。
浄土ヶ浜のきれいな緑色の海と島々
。
とても美しい。
極楽浄土の浄土ヶ浜。
ぴったりな名前だなっと思いました。
その14へつづく。
| 固定リンク | コメント (2) | トラックバック (0)
遠野を後にし、国道283号線で花巻方面へ向かい東和で県道286号線を通って花巻温泉方面へ向かいます。
昨日は、ホテルのお風呂のみ。
やはり東北へ来たら温泉へ入浴しなければ話になりません。
時間も遅いので有名どころは無理なので、花巻温泉の奥にある台温泉の精華の湯という公衆浴場へ向かうことにしました。
これから向かうと晩御飯は9時過ぎになると思ったので、コンビニでパンを購入して餓えをしのぎます。
今日はホテルの朝食のおにぎり2コと味噌汁以外お汁粉しか食べていない。
どうしても旅行へ来ると食事のタイミングを逃しがちになってしまいます。
台温泉までの道のりは花巻温泉を過ぎると急に道が狭くなり、本当にあるのか若干不安になります。
温泉に着いたのは7時過ぎ。
ぽつらぽつら雨が降ってます。
精華の湯は公衆浴場だけあって、露天風呂はありませんが源泉かけ流しの熱めの湯は疲れた体に沁み入ります。
体も温まったところで盛岡へ戻ります。
国道4号線ではなく盛岡までの裏道のような感じの県道13号線を通りホテルへ戻った。
ホテルに車をとめて、遅い夕食へ向かう。
昨日は冷麺だったので、今日はじゃじゃ麺です。
行ったのは昨日行ったぴょんぴょん舎の近くにあと同じ会社のHOTJaJaへ。
注文したのはもちろん、じゃじゃ麺+チータンタン。
ちなみにチータンタンはじゃじゃ麺を食べ終わったあとのお皿に生卵を割ってスープをいれてもらう卵ス
ープです。
その13へつづく
| 固定リンク | コメント (2) | トラックバック (0)
そとおの昔話村へ到着したころ、雨が降り始めた。
結構強い。
昔話村には遠野物語の著者である柳田國男氏の生涯を紹介したコーナーや昔話の歴史を紹介した遠野昔話資料館等があり映像や絵本等で昔話を見ることができます。
ちょうど館内に入ると地元のおばあさんが昔話をお客さんに聞かせていた。
ということで我々も混じって拝聴します。
方言で聞く昔話。
かなり風情があります。
もっと時間があればゆっくりお話を聞きたかったです。
ところで、旅行後ネットで調べたところ昔話村でお話を聞くには入村料+100円かかるそうです。
なんで無料で聞けたかは不明ですがいい思い出を作らせて頂きました。
その後スクリーンで昔話の上映があったのでそちらを見学。
そして遠野での最後の目的地、日本十大民家千葉家の曲が家へ向かうのでした。
到着したのは17時10分ちょっと前、営業時間は17時まで。
入管できるかちょっと不安でしたが、受付の方に聞くと17時を過ぎてもお客さんがいれば見学が終了するまでゆっくりしてよいとおっしゃってくれたので安心して見学することができた。
千葉家は施設として開放しているが、現在も住居として使用している現役です。
19世紀初頭の建築といわれているそうなので逐200年くらいということになる。
良いものはそれだけ丈夫ということもあるだろうが、やはり家は人が住んでこそ家。
人が住み続けるということによってより建物が長く存続することができるのだろう。
ちなみに、敷地内には民家として使用しているので、展示エリア以外は入らないようにという注意書きが貼られていたのが印象的です。
その他、農具や家財道具などが展示されています。
ここが最後のつもりだったが、来る途中続石という看板が目に入ったのでちょっと立ち寄ることにしました。
砂利の駐車スペースに車を停め山道を登ります。
ふたつ並んだ石の上には、巨大な笹石が乗っていて遠野昔話によると武蔵坊弁慶が笹石を乗せたという伝説があるそうです。
遠野観光も無事終え、盛岡へ戻ります。
その12へつづく。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
伝承園を出発し西へ。
細い道路通り山口の水車小屋へ到着。
今もちゃんと現役で水車は回っておりました。
水車が回っているのを見ているとなんだか心落ち着きます。
中が気になったので窓越しに中を確認。
帰ってから気づいたのですが、どうやら写真右の入
口らしきところから水車小屋へ入ることができたようです。
すっごく残念。
時刻も早いこともう4時前。
急いで次の目的地遠野昔話村へ急ぐ。
しかしひょんな出会いが。
猫です。
きれいな猫でした。
首輪はしていませんでしたが、毛並みも美しかったのでもしかすると飼い猫?かなっと思いました。
せっかくのデジイチ。
これは撮るしかありません。
最初はなかなかこっちを見てくれなかったのですが、次第に慣れ、最終的に車の上に座り込み出発の妨げになってしまいました。
のどかな景色に猫。
実に絵になります。
| 固定リンク | コメント (2) | トラックバック (0)
お次はすぐ傍の伝承園へ。
こちらは遠野地方の農家の生活様式が再現されていて伝承行事や昔話、民芸品の実演等の体験ができるところです。
曲り家「菊池家住宅」に入り最初にみかけたのは、蚕の繭を糸にする機械。
そばには水で柔らかくした繭があって、この機械に巻きつけることができます。
私も早速やってみたもののなんだか糸が切れてしまいそうでかなり不安でした。
それでも切れずに終えましたが蚕の糸(シルク)は丈夫なんだということを実感。
昔の生活が垣間見える曲り家の渡り廊下を歩いて行くと、御蚕神堂(おしら堂)があります。
ここ伝承園の一番の見どころであります。
オシラサマ。
馬の神様のことです。
遠野の昔話で娘と馬の恋物語。
貧しい家に父と娘。
そして飼い馬。
娘は自宅で飼っていた馬と恋におち、最終的に馬と夫婦になったが、それを知った父が怒り馬を桑の木にくくりつけて殺してしまったという昔話からオシラサマという神様が誕生したとのこと。
桑の木て作られたオシラサマに願い事を書いた色々なカラーの布を刺していく。
部屋内はオシラサマと布で鮮やか。
とはいっても華やかというよりはちょっとノスタルジックな感じで、不思議な雰囲気です。
その9へつづく。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
遠野ふるさと村を後にし、お次は福泉寺へ向かいます。
五重塔までは別途駐車料金を支払うと上までいけますが、せっかくなので下の大駐車場に車を停め歩くことにします。
境内には新四国八十八カ所と西国三十三番観音霊場が奉安されているそうです。
それにしてもこの各地にある新四国八十八カ所というのはどういうものなのかは私にはよくわかりません。
それでも本家四国八十八カ所と何らかの関連があるのでしょう。宗教関係はどうも苦手です。
大観音堂・多宝塔を見学し、急な参道を下っていきます。
見えてくるのは五重塔。
木彫りの塔は平成に入ってから建てられたものだそうだが、それでも細かなところまでよく作られていると関心するばかりでした。
なんでも古くからあるから素晴らしいというのも(実際そうだけど)でもないんじゃないかなっと思いました。
車に戻り、お次は伝承園・かっぱ淵へ向かうことにしました。
まず先にかっぱ淵へ。
その頃ちょっと小雨がちらほら降り始めてきました。
伝承園の駐車場から少し歩くと常堅寺が見えてきます、境内を抜けるとすぐかっぱ淵です。
遠野の昔話に出てくるいたずらをし人々を驚かせたカッパ伝説で知られる小川です。
小川の傍にはカッパの神様を祀った祠がありお母さんがお乳が出るように願いをかけると叶うといういわれががあるそうです。
私にはまだ先の話です。
その9へつづく。
| 固定リンク | コメント (4) | トラックバック (0)
旅3日目、5月2日。
朝、ホテルで朝食後今日の駐車料金を支払い国道396号線旧釜石街道を通って遠野へ向かいます。
出発した時は小雨。
確かに天気予報も今日はあんまり良くなかったはず。
なんとか天気が悪くならないことを祈ります。
道の駅遠野風の丘で旅の情報を得るため立ち寄ります。
そこで、遠野市観光施設利用共通券1,050円を2枚購入。
まずは一番遠い遠野ふるさと村へ向かいます。
到着した時には雨が止んでいた。
雨でぬかるんだ道を道なりに進むと最初に自然資料館が見えてきます。
ここには遠野周辺で見られる動植物を季節ごとに標本にされています。
私は虫が苦手なのでおそるおそる見ていました。
で、時計回りの一番最後のあたりに引き出しが、、、。
おそる、おそる開けてみると、、、。
コウモリの剥製がたくさん。
わや怖えー。思わず引き出しを閉めてしまいました。
でも、怖いもの見たさで再度チャレンジ。
、、、。やっぱり怖い。
静かに引き出しを閉め次へ向かいます。
門前をくぐると左側に山里暮らし館が見えてきます。
ここでは大小さまざまなわら人形が展示されていました。
そして、家への上がると地元の係員さんが4名いて言われるがままにこたつへのおじゃまします。
昔ながらの炭(?)の掘りごたつに入ると体全身が温まりほのかに汗がでてきます。
やはり電気こたつとは一味違います。
温かいお茶を頂きながら、地元の方とのおしゃべり。
とても楽しい時間を過ごさせていただきました。
その他江戸時代から明治にかけての民家が何件かありその当時の道具なんかが展示されていて大変興味深かったです。
この遠野ふるさと村はその名のとおりひとつの村のようになっていて、水車小屋や田、畑等もあり修学旅行なんかで体験学習するにはとてもよい場所だなと思いました。
ちなみにその他そば打ち体験、木工、陶芸、染物体験なんかもできるそうです。
私たちは朝ごはんを十分に食べておなかが空いていなかったのですが、とりあえずこびるの家(小昼=遠野の方言でおやつという意味)でおしるこを頂きます。
旅に行くと食事のタイミングを逃しがちなのでちょっとおやつが後々助かるのです。
その8へつづく。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
ホテルで荷物の片づけ後は晩御飯です。
盛岡といえば冷麺!
ということでまっぷるにもホテルの飲食店ガイドにも載っていたぴょんぴょん舎盛岡駅前店へ行くことにしました。
駅前すぐでホテルからも近かったので体調の悪い私には大助かりです。
冷麺といえば焼肉。
せっかくの旅の晩御飯が冷麺だけでは彼は満足できそうもないので、冷麺(彼は普通サイズ、私はミニサイズ)と焼肉の盛り合わせ(サンチュ付き)3,000円くらいを一緒に注文。
(写真は多分ミニサイズの方だと思います。)
で、もちろん!?私はビール!
彼はアルコールはだめなのでソフトドリンクです、、、。
焼肉にはビールでしょ?
でも、体調がまだすぐれないので1杯だけです。
さて、冷麺の方はツルツルしていて大変おいしく頂きました。
それにしても冷麺に入っているスイカがおいしく感じるのはスイカに塩をかけると甘くなっておいしくなるのと同じ感じなのでしょうか。
しかし、何度も言うように体調がすぐれない私はお肉もあまり食べられずビール・冷麺ですっかり寒くなってしまいました。
体が本調子の時にもう一度食べに行きたいです。
その7へつづく
| 固定リンク | コメント (2) | トラックバック (0)
12時少し前に弘前を出発し、国道7号線を大館から鹿角を通り八幡平アスピーテラインを目指します。
青森県までは道はあまり良くなかったのですが、なんで!?っていうくらい秋田に入ってからは立派な道で快適走行です。
アスピーテラインに近付くと道の脇に残雪がちらほら見えてきてアスピーテライン頂上に近付くにつれ両脇に雪の回廊がどんどん高くなっていきます。
八幡平山頂にあるレストハウスで休憩をとります。
時間かなにかわからないが、レストハウスの駐車場は有料と書いてあったのに無料開放されていました。
山頂はさすが雪が残っているだけあって風が強く寒い!
まだ体調いまいちの私には辛い。
山頂には八幡沼等周辺を歩くことができるらしいが、どうも雪でその道を見つけることができなそうだった。
結局20分位のトイレ休憩で山頂を下ることにしました。
さて、今回の八幡平でちょっと興味があったのは松尾鉱山跡。
一度見てみたと思っていたのですが、実際にあの廃墟を目にするとあまりの迫力で怖くて彼に右に曲がってくれとは言えませんでした。(←写真は下っている途中で撮影したもの)
それにしてもあの風景は衝撃的でした。
国道282号線から国道4号線を通り盛岡へ到着。
本日の宿泊地は盛岡の東横イン。本日から2泊です。
思ったより早くホテルへ到着したため、ホテルの駐車場に泊めることがことができてひと安心。
駐車料金は1泊500円。
連泊でも一括で支払うことができないようなので明日も駐車場を利用するには翌朝500円フロントに支払うことで駐車場をとってもらえるとのことでした。
その⑥へつづく。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
翌日、1日は昨日日引き続き弘前公園観光です。
夜とはまた違う顔を見せてくれます。
4月21日から5日まで弘前さくらまつりが開催されていて、公園内は出店などもでて賑やかです。
昨日に比べて天気はいまいちなもののソメイヨシノの満開が発表されたこともあり、GW間の平日とはいえ園内は花見客でいっぱです。
さて、今日は昨日見学しなかった弘前城を見学します。
追手門から弘前公園に入ったところに観光ボランティアガイドの受付があったのでガイドをお願いすることにした。
どのくらいの観光客が利用しているかわからないが、桜祭り期間中であったがお願いするとすぐに案内してもらえた。
杉の大橋から南内門をくぐり天守へ向かう。
まず見えてくるの未申櫓がみえてきた。
ちなみにこの櫓の名前は昔、時間を干支の子を0時とし時計回りに数えたことから名前が付けられているそうだ。
つまり南西の方角にある櫓ということ。
この他に丑寅櫓、辰巳櫓が現存されているそうです。
南口券売所でチケットを購入し天守へ向かいます。
弘前城(津軽藩)の現存している天守は2代目で最初に作られてものは1611年、5層の天守が築城されたそうですが、すぐに落雷により焼失してしまい長い間幕府から天守の築城のお許しがでなかったそうです。(勝手に天守を作れなかったんです。)
1810年蝦夷地(現北海道)の警備の功績が認められ天守を建築することができたそうですが当初の5層の天守は許されず3層になったそうです。
石垣はかなり膨らんできていて、そろそろ改修が必要になるそうです。(過去にも積みなおしているそうです。)
それにしてもどうやって天守を移動して石垣を積みなおすのでしょう。
作業を見てみたいものです。
天守入り口は、込み合っていて入場するために長い列ができています。
かなり並ばなければならないかと思いきや案外すんなり入ることができました。
現存する天守を見るのは昨年秋の松江城に続き2度目。
両方とも天守の形体は平山城という平野の中にある山や丘陵部に築城された城でした。
私は城について詳しくないが、勉強していくと今後の旅がもっと楽しめそうだ。
ちなみにガイドさんのお話によると、弘前城の水源はひみつとのこと。他の城もそうだとおもうけれども水源が敵にばれると毒を流されたりする危険があるためだ。
とはいえ極北にある弘前城は一度も藩主が変わることなく廃藩を迎えたそうだ。
今日はちょってくもりがちであるが、窓からは岩木山がみえた。
天守見学後、桜開花の標準木がある北の郭を通り、西濠の桜のトンネルを通って追手門へ戻り弘前公園観光は終了した。
さて、公園はすべて見ていないが、次の目的ち八幡平へ向かう。
その5へつづく。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
食事を食べ終わりかけた頃、お店の人がねぷたが来たという話声が聞こえたので急いてデザートの桜アイスを食べ店を出ることにしました。
店を出ると土手町通りにねぷたが見える。
ねぷたについては詳しくないが、大人から子供まで地元ねぷた団体のねぷたが披露されてました。
夏のねぷた祭りはもっとすごいのでしょうがそれでも見事なもので見ていて引き込まれました。
ちっちゃな子供がねぷたを引いていたり、若者の団体が太鼓やら笛やらを奏でて威勢のいい踊りが披露されております。
なんだかその踊りは歴史と伝統、誇りを感じさせられました。
青森ではねぶたと呼ばれ立体的な形が特徴なのに対して弘前のねぷたは扇形になっていて青森が動なら弘前は静という感じ。
とはいえねぷたに描かれた絵は見事で見ていて飽きない。
写真のねぷたは本日のねぷたの中で一番大きなもの。
ちょっと写真のタイミングを失敗してしまっておもいっきしスポンサー名が入っちゃいました。
さて、ねぷた鑑賞後は夜桜を見に弘前城へ向かいます。
29日に満開になった弘前城の桜。
おNEWのデジイチの夜景モードで撮影。
体調が悪かったのか私のテクニックが悪かったのか出来上がってみるとかなりぶてていて残念な仕上がり。
でも夜桜は大変すばらしく、振り返ってみるともっと上手に写真が撮れたらと後悔するばかりです。
弘前城で夜桜見学後ホテルに戻ろうとしたが、入ってきた門と出た門が違ったみたいで迷子になってしまい結局タクシーでホテルに戻ることなった。
コンビニで買った栄養ドリンクと風邪薬を一緒に飲み就寝した。
その4へつづく。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
八戸からは三沢経由で国道4号線へ抜け、青森からバイパスを通り国道7号線で弘前へ向かいます。
私は風邪薬が効いたせいか途中三沢をすぎたくらいから青森市街を抜けるちょっと前まで居眠りしてしまいまいた。
弘前へ入ると道路の両側にソメイヨシノが満開で出迎えてくれます。
前にこの道路を通ったのは3年前の秋。
時間も夜だったし全然景色が違います。
30日はとても天気がよく青空に桜がきらきらと輝いておりました。
弘前城の桜に期待が膨らみます。
本日の宿泊地は弘前のスーパーホテル弘前。
ホテルも新しくきれいで、男女別に時間を区切って大浴場に入ることもできます。
市立病院の向いにあり、少々弘前城へは遠いものの祝日の割引で2人で5,000円弱で宿泊できるならかなりお得でした。
少々ホテルで休息しながらテレビを見ていると、今日は春ねぷたの運行されるとの情報をキャッチし急いで晩御飯を食べに弘前の街を繰り出す。
食事はホテルのフロントで紹介された菊富士本店という創作郷土料理のお店
でとることにした。
私が注文したのはけの汁定食。(写真右上)
確か1,000円くらい。
山菜や油揚げなどたくさんの野菜を細かくきざんで味噌で味付けしたおかゆみたいなもの。
きざんだ野菜は昔米が貴重だった時代、米に見立ててお粥もどきにした食べていたそうだ。
体調の悪い今日の私にはちょうどよい。
彼はちらし寿司やそばイカのごろ、海鮮味噌煮込みなん
かが入った合成な御膳を注文。(写真右下)
確か2,000円くらい。
もし体調が良ければ私も同じものを注文していただろう。
ともあれ、おいしく晩御飯を頂くことができました。
その3へつづく。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
出発は午前2時。
まだ暗い中苫小牧フェリーターミナルへ出発する。
ターミナルに到着したのは3時半をすぎたくらい。
早朝のフェリーターミナルはしずかで乗客らしき人影がちらほら。
GWとはいえ前半の3連休最終日の早朝というこもありそれほど乗客は多くない。
4月30日 苫小牧05:00発 八戸行き フェリーべにりあ
乗船開始は4時。
乗客が少なかったので同乗者も車で乗船。
乗船開始する頃には日が昇りはじめて明るくなってきた。
やはり乗船客は少ないようで6区画ある2等和室も1区画2組くらいしかいなく私たちは窓のない方の1区画を広々使用することができた。
乗船後6時半までは風呂を利用することができたが、出発前に風呂を浴びてきたのでそそくさと睡眠の準備をする。
レストランではトラックのドライバーたちがくつろいでいた。
私たちは車からもってきた毛布2枚を敷き床についた。
目が覚めたのは12時くらい。
起きると体がだるく、なんだか寒い。
どうやら風邪を引いたようだ。
なんだか熱っぽいし。
最悪の旅の始まりになってしまった。
それでも旅は始まった。
13:30 八戸港到着。
本日の宿泊地弘前に向かう。
その2へつづく。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
さっぽろ雪まつり | まっちの成長期 | ブログ目次 | ペット | モブログ | ラブ!室蘭 | 九州をさるくべさ | 京都さくら旅 | 南東北ドライブの旅 | 家族旅行は親孝行in東海 | 小旅行 | 旅行・地域 | 日記・コラム・つぶやき | 春のみちのく二人旅 | 札幌散策 | 異国神戸港町紀行 | 目指せ神の故郷山陰の旅 | 過去の旅 | 電車でぐるり東海・山陰・山陽
最近のコメント