2008年1月14日 (月)

九州をさるくべさ 目次

国内旅行 旅行記

旅行先 :九州(福岡、長崎)
期  間 :平成19年09月20日~25日 5泊6日
形   態 :一人旅

プロローグ2007_010

出発①(千歳☞福岡)

博多②(櫛田神社、ラーメン)

島原号③(福岡☞島原行き高速バス車中)

島原鉄道④(愛野☞島原)

島原⑤(島原城、武家屋敷)

雲仙観光ホテル⑥ 雲仙温泉⑦

雲仙-長崎⑧(県営バス車中)

長崎南山手エリア⑨(グラバー園) 原爆資料館⑩(長崎駅、平和公園)

浦上界隈⑪(如己堂、浦上天主堂) 九州歴史文化資料館・中華街⑫

メガネ橋・稲佐山⑬ 出島⑭ 高島⑮ 端島(軍艦島)⑯

長崎から福岡へ⑰(JR特急かもめ車中) 帰路⑱(福岡☞千歳)

エピローグ

フォト

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2007年11月 5日 (月)

九州をさるくべさ エピローグ

2007_012_2















福岡・長崎旅行。
さすがに6日間は長かったかと思いましたが、いってみれば気持ち的には短く体力的にはちょっとしんどいというところでしょうか。

初めての九州。
やはり温暖な地方であるため、北海道とは木々や花がもう全然違って驚きの連続です。
ヤシの木とかは昔からあったかどうかはわかりませんが、それが育っちゃうんだからすごいものです。
南国って感じです。

そして長崎。
今回の旅は長崎に行きたくて選んだようなものです。
江戸時代から唯一海外との交流が許された出島。
その影響か美しい異国情緒を残している反面、軍艦島のように近代の日本を支えて石炭産業の跡。
長崎に住んでいる人は当たり前にその存在を知り、特に気にもしていないそうです。
戦後急速に経済成長をした日本、当時はこのような軍艦島はただの負の遺産でしかなかったかもしれません。
そして現在、このような近代産業遺産はにわかに注目を浴び始めています。
さるくガイドの方がおっしゃっていたのですが、観光都市長崎へ来る観光客の多くが宣伝もたいしてしていない軍艦島クルーズに訪れるそうです。(確かに旅行誌の端には載っていますが。)
急成長する時代を過ぎた日本人にとって近代はいちばん近い歴史として定着しつつあるのかもしれません。

近代産業遺産に興味がある方は経済産業局の地域経済産業ホームに産業遺産とりまとめストーリー(案)が掲載されています。

旅行誌に載っていない新たな旅の楽しみを発見できる予感です。


以上、長くなりましたが 「九州をさるくべさ」 おわり。

2007年11月 4日 (日)

九州をさるくべさ 帰路⑱

2007_0049月25日。いよいよ最終日です。
といっても後は帰るだけ。
博多駅から地下鉄で空港へ向かい第二ターミナルビルへ。
荷物を預けて空港内をぶらぶらします。

空港内のお土産でようやく家用・会社用のお土産を購入します。
カステラ定番の二○加煎餅を購入。
会社用は勿論煎餅です。2007_007
カステラはお皿を使ってとりわけしなければならないし、洗う皿が増えるので袋で配れるものしか買いません。(安いですし。)
このあたりが女子社員の知恵です。

搭乗時間も近づいてきたところで、保安検査場へ向かいます。
ゲートをくぐるとまたまたポールポジションは新千歳空港行きです。
東京・名古屋・関西・福岡とどの空港に行っても大抵保安検査所を抜けてすぐのところに札幌行きの搭乗口があります。
やっぱり北海道行きのメインは飛行機になるので良い場所なんでしょうか。
旅の回数が増えるたびに気になるところです。
搭乗口はJAL・ANA兼用で名古屋国際空港と同じです。

2007_014ANA 289 福岡(11:05) - 札幌(千歳)(13:20)
無事、北海道へ到着。
飛行機を降りると冷たい空気が私を迎えます。
北海道へ帰ってきたという感じです。
窓から降りてきた飛行機を見ると荷物が運び出されている風景が見えます。
長いことみていたら係員の方に注意されてしまいました。(当然)

空港からは、ぽっちゃりした私の王子が馬車でお迎えです。
あー現実に戻ってきたなー、とこれまた実感させられながら自宅へ戻るのでした。

エピローグへつづく。

2007年11月 3日 (土)

九州をさるくべさ 長崎から福岡へ⑰

2007_036 高島へ戻ってきました。
到着後さるくツアーは終了です。
アンケート用紙が配られ感想を書きます。
長崎⇔高島の船代は別料金だった為、ツアー終了後は各自好きな時間の船で帰ることができます。
ほんとうはもう少し石炭資料館や高島を見学したかったのですが、福岡行のJRを17:30に予約していたので15:30の船で戻ることにしました。
2007_057
ホテルで預かってもらっていた荷物をとり、長崎駅へ向かいます。
駅前にはお土産屋さんがたくさんあったので、ここで会社の女性へのお土産を買っておきます。
やっぱり同性は大事にしなきゃいけませんから。

2007_060ホームへ行き、まずは席を探します。
しつこく窓側を望んでいたせいかはわかりませんが、進行方向右側(海側)の窓側の席に大満足。
発車までは時間があったので車内を散策しながら時間をつぶします。
長崎⇔博多は2時間くらいの乗車時間だというのに立派な車両にびくりです。
ふんわりした座席に車両と車両の間にはちょとしたスペースがあり、窓側に座らなくてもそこから景色を眺めることができそうです。

長崎17:30発かもめ38号2007_080 出発です。
諫早あたりからは海沿いを走ります。
日の入りも早くなったので大分暗くなってきました。
それにしてもやっぱり電車は良いです。

、、、。とはいえ大分疲れがたまったのかこの後はぽつらぽつら眠くなってきて寝ては起きの繰り返しであっという間に福岡へ到着してしましました。

19:19博多到着。
2007_083駅前のホテルチェックイン後、せっかくなので中州方面へ散策へ向かいます。
結構柄の悪い方々がいて一人旅の娘にはちょいとおっかない感じでした。
足早に中州を過ぎ、天神まであるいたところで、駅行きの100円バスに乗車しホテルに戻りました。

もう、疲れたので晩御飯はケンタ2007_085 ッキーで済ませてしまいました。
ここまで来てなんだかなーって感じでしたが、もうホテルでゆっくりしたいという気持ちだったので。

そして旅行での楽しみのひとつ、地方のテレビを見て夜を過ごします。
福岡では、0時代にローカル番組をやっています。
私が見たのは「ドォーモ」という番組。
月-木曜日放送で若者向けの情報バラエティーです。
私が見た日は女性のストレス発散のために芸人(?)が体当たりでピンタさせてくれるというものでした。
出ている人はまったく知らない人ばかりでしたが、こういう番組結構好きです。
私が買った「Iラブ福岡」という本にこの番組のリポーター、斉藤ふみさんが載っていました。
今は全国区の大泉洋もどうでしょうでのトークは北海道にいるからわかるネタというのがあります。(もちろん、本人の魅力が大きいですが。)
そしてそれはどの地方にもあると思います。
だからこそご当地番組は面白いんですよね。

その17へつづく。

2007年11月 1日 (木)

九州をさるくべさ 端島(軍艦島)⑯

2007_014_2_2いよいよ端島へ向かいます。

1974年1月に炭鉱が閉鎖し、同年4月には無人島になった島。
東西約160m、南北480mの小さな島に最盛期には5,000人強もの人々が住んでいたそうだ。

その14でも書きましたが、端島は石炭産業のために開発された島。
島そのものが三菱財閥の所有物だったため、なんでも揃う島に唯一なかったもの。

それは「お墓」です。
お墓がない!んです。2007_009

人が亡くなった場合は近くの島に火葬したそうです
働く場所がなくなり、住むところ(すべてが私有地だから。)がなくなったのでどんなにこの島が好きだったとしても住むことができないのです。
だから無人島になったという訳です。

端島と高島、いや、炭鉱都市との最大の違いです。
多くの炭鉱都市は、閉山後大規模な公共事業をし観光事業に力を注いだ。
福島のハワイアンセンター、北海道なら夕張のように石炭の歴史村やメロン城なんかでしょう。
そのため、炭鉱の跡というのは邪魔な存在になったんだろう。
(その歴史自体を否定するという意味ではなく。)

2007_021端島は人が住むわけでもなく、新たに何かをするわけではなかったので取り壊すにもコストが掛かるから今もこの姿を残すことができたのだろう。

端島は狭い面積に多くの人が住めるよう、高層アパートが密集している。中でも30号棟(写真右端)は大正5年建設で日本でも初期の鉄筋コンクリート造の建築物として非常に価値があるそうだ。

現在は上陸できませんが、2008年度からは
上陸できるように長崎市では15,000千円の予算を
とったそうです。

ちなみに端島は市町村合併によって長崎市高島町に属しています。
合併ひとつにしても町の名前なんかで発言権が違ってくるそうです。
合併ひとつにしても色々あるんだなと思いました。

その17へつづく

2007年10月31日 (水)

九州をさるくべさ 高島⑮

今回の旅行でも楽しみにしていたもののひとつ「ながさきさるく 高島・軍艦島周遊」
予約嫌いの私ですが、9月上旬高島観光協会に電話で予約しました。

夢彩都へ到着し、あたりを見渡すが係りの人は見当たらない。
FAXで頂いた資料をもう一度見直すとどうやら30分早く来てしまったようだ。
(遅くなくて良かったですがね。)

時間を持て余してしまったので夢彩都(ショッピングセンター)1Fに入っていたスタバで時間をつぶすことにします。

2007_052集合時間が近づいてくるとちらほらそれらしい人が増えてきました。
お客さんは思っていたより普通の方々ばかりです。
受付を済ませ全員が集合したところで船乗り場へ向かいます。

船は周遊用のものではなく、島と本島を結ぶ島民の足のような船です。
船は伊王島をより高島へ向かいます。
乗船時間30分強というところです。

高島到着後、軍艦島模型・石炭資料館へ向かいます。2007_003
模型を見ながら端島(軍艦島)・高島の人々の生活をガイドさんがお話して下さります。
最盛期には世界一人口密度が高かった端島。
あまりに建物が密集しているので雨の日でも傘をささずに学校へ行けたそうです。
そして、この狭い島で生活のすべてが揃うそうです。
ここは人が生活するために必要な職場・住居・学校・食糧・娯楽がすべて揃っている島なのです。
ここには現代の私たちの生活の縮尺があります。

高島・端島は三菱財閥の炭鉱で、端島は高島炭鉱の出張所的存在だったそうです。
エネルギー転換により石炭が時代遅れになって消滅していった時、先に出張所から切っていったという点で珍しい事例だそうです。
映画、フラガールでもわかるように大抵炭鉱が閉山されるとき、事故が起こり閉山に追い込まれるそうです。
一度爆発事故が起きた立坑は使用できなくなるため(初めて知りましたが。)
新たに掘り下げるには膨大なコストがかかるため閉山に追い込まれるそうです。
ちなみに高島は昭和60年の爆発事故により翌年閉山しました。

2007_054地元の話を何度か書いたことがありますが、私の育ったところも石炭ではないにせよ環境は似ています。
大きな産業に支えられた町。
だから、ここに惹かれたのかもしれません。

一通り見学後、昼食です。
ちなみにこのツアー、
1,800円(ガイド・食事代)+2,800円(高島⇔長崎の船代)也。

その16へつづく。

2007年10月30日 (火)

九州をさるくべさ 出島⑭

2007_001_224日朝、今日もホテルでおにぎりとおみそ汁の朝食をしっかり食べ荷物を預けてチェックアウトします。
本日のメインはなんといっても軍艦島・高島周遊です。
その前に徒歩で出島へ向かいます。
さるくパスポート使い切りです。
出島といっても今は出ていません。埋め立てによって陸場が広がったからです。
よく歴史の教科書に記載されているのとは違います。

復元された出島は当時と多少形が違います。2007_044

江戸時代唯一海外との貿易が行われた場所らしく、当時輸入されていた品が展示されています。
中でもオランダ船の船長の宿泊所はテーブルやベッドなど西洋らしい家具が展示されているのもここならではという感じです。

さて、なんといっても本日の目的は「軍艦島・高島周遊」
出島はさらっと見る程度にして集合場所の夢彩都の正面入り口に向います。

その15へつづく。

2007年10月29日 (月)

九州をさるくべさ メガネ橋・稲佐山⑬

2007_024お腹も満たされましたが日もだいぶ沈み暗闇はもうすぐです。
中華街から急いでメガネ橋へ向かいます。
それにしても2日連続長崎は夕方になるとスコールのように雨が降りました。
やはり長崎は今日も雨だったのです。
体力的にも限界だったので、すすき原橋から常盤橋までにしときます。
橋の多くは江戸時代につくられたもので石積にも風格があります。
一度は水害で半壊したそうですが、復旧されたそうです。2007_020_2
道路から川付近へは階段を降りて行けるのですが、海の満潮時は水位が上昇するそうです。
そのせいか川の石積は若干ぬるぬるした感じがあります。
川には鯉が放たれてます。
一部、川に石を積んで自然の池というかんじでしょうか、なんだか不思議です。

2007_032一度ホテルに戻り、稲佐山へ向かいます。
長崎駅前からバスで向い稲佐山ロープウェイ前で下車します。
ロープウェイは往復1200円、さるくマップを見せると960円で乗車できます。
乗車時間は5分くらい。あっという間です。
まずは、稲佐山公園展望台の屋上へ向かいます。
夕方雨が降ったものの夜景はなかなかです。

一通り鑑賞したところで展望台内のレストランに入ります。2007_038
ロープウェイ自体10時までだったので入ったときは食事ものはオーダーストップになっていました。
私はコーヒーが飲めれば十分と思っていたので、コーヒー+カステラセットを注文です。
ちょうど予約のお客さんの席が開いていたので一番夜景の綺麗な場所に座ることができ大満足です。

帰りはロープウェイから一番近い宝町まで歩いて帰ることにします。

その14へつづく。

2007年10月28日 (日)

九州をさるくべさ 九州歴史文化資料館・中華街⑫

2007_010 浦上天主堂前からバスに乗り、市街へ戻ります。
市役所前で下車し、お次に向かうのは九州歴史文化資料館です。
小道を歩いてくと目の前に立派な建物が見えてきます。
入場料はひとり600円。
私はさるくパスポートで入場です。
1Fは歴史資料の閲覧室とミュージアムショップ、2Fは江戸時代の長崎の歴史や資料をわかりやすく展示されているほか、長崎奉行所が復元されたお白州では時間ごとにちょっとした寸劇が行われ楽しませてくれます。
ちょうど入場した時間が寸隙に間に合ったので、展示物を見る前に見学しました。2007_067
内容は親に内緒で結婚したことを親が訴えたみたいなお話でした。
観客に裁きを考えてもらうなど、話をふったりして結構楽しめました。
最後はお奉行様とツーショットで撮影させていただきました♪
一件落着です。
その後、「長崎奉行の一年」というお話(映像)などを見学します。

さて、朝から歩きまわって昼食をとるタイミングも逃し腹ぺこです。
ここから中華街へ向かい長崎名物ちゃんぽんを頂きます。
中華街へ到着したのは5時少し前。
まだ飲食店の夜の営業は始まっている店と5時からの店とまちまち。
まずは道で売っていた豚角煮まんじゅうをペロッと頂きます。
それでも、朝しか食べてない私はまだまだ腹ぺこ。
5時前から開いていた江山楼でちゃんぽんを頂きます。
2007_0692007_070割りばしを遣わないエコなお店です。
ツルツルの箸は、箸の持ち方が悪い私は食べるだけでも一苦労です。

その13へつづく
 

2007年10月27日 (土)

九州をさるくべさ 浦上界隈⑪

2007_063 平和公園からは、さるくマップ浦上界隈1に沿って如己堂へ。
長崎医大教授の永井隆博士が晩年暮らした畳2畳ほどの住居です。
ここに彼と子供2人で生活してたというのだから驚きです。
お隣には、記念館が併設されてます。

サンスト通りを下っていくと、右手にはカトリックの学校や中国の領事館が見えてきます。
道路端には、警備員さんがいてちょっとドキドキです。2007_064
通りを下っていくと浦上天主堂が見えてきました。

道路を渡り、天主堂へ上がらず左端の小道を少し歩くと原爆の爆風で落ちた黒こげの鐘楼ドームが現れます。
落ちたといっても重さは50t!
落ちただけでもかなりの衝撃だったことでしょう。
綺麗な天主堂とは対照的で、今はこんなところにあるのが不自然なくらいです。

2007_007_2 さて、元の道に戻り天主堂へ向かいます。
江戸時代のキリスト弾圧の厳しい時代を越え、ようやく建てられた聖堂だそうです。
こちらも被爆地が近いため、原爆により全壊。
戦後再建されたものです。

鐘楼ドームと天主堂。
戦前と戦後を垣間見ることができる。
長崎には身近なところに戦争を忘れさせない爪痕がたくさん残っているところだと思った。

その12へつづく

2013年11月
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九州をさるくべさ

  • 荷物を運び出します。
    2007.9.20-25の福岡・長崎旅行の写真です。 もう一年くらい経ってしまいましたが、 写真の補足を地道に修正しております。

春のみちのく二人旅

  • 唯一のお土産。
    2007年4月30日から5月5日までの北東北旅行の写真です。

さっぽろ雪まつり

  • H19.02.05 10丁目STV会場
    2007年さっぽろ雪まつり作成模様と雪まつり風景の写真です。 記事はカテゴリのさっぽろ雪まつりにあります。

神の故郷山陰の旅

  • ぐるっと神話の旅クッキー
    11月23日より3泊4日の山陰の旅。 一人旅だけにかなり写真撮ったのでブログに載せられなかった分を公開します。 本編はカテゴリ内の神の故郷山陰の旅に収納してます。

旅~♪

  • 新潟港出航!
    旅行に行ったときの写真を紹介します。 ここには遠出したときの写真を中心に載せようと思います。

ステキブログ

  • くっぎー
    主に旅行記。いつも素敵だなって感心してしまう。
  • 平蔵日記
    クサガメの平蔵くんの毎日が覗けます。かわいさはかなりヤバイですよ。うちのかめおも負けてられません!
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    国内旅行記です。 私の好きな旅行の仕方なので楽しく拝見させて頂いてます。
  • やえもんのひだまりカフェ
    学校の先生をされているようで、学校のこと車のこと、お酒のこと、旅のこと等が書かれています。

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